プロジェクト概要
本研究は、我が国の教員養成のあり方について学際的・総合的な検討を行い、学術的基盤に基づいて日本独自の教員養成モデルを構築し、政策提言を行うことを目的とする。本研究は、日本教師教育学会が総力を挙げて取り組むプロジェクトであり、2020年9月に学会内に新たに組織された課題研究「大学教育と教師教育」部会が研究を推進する。これまでに蓄積された研究成果を踏まえ、教員養成の「制度」と「カリキュラム」という二つを研究対象として取り上げ、理論的および実証的アプローチを統合的に推進することを通して、大学における教員養成の理念や実態を明らかにするとともに、そのシステムの再構築に向けて、日本における教員養成の新たな高度化に向けた将来像を描き出す。
本研究の学術的背景、研究課題の核心をなす学術的「問い」
「大学における教員養成」という戦後教員養成改革の中心的理念は、「学問の自由」を基盤とする大学において豊かな教養教育と高度な専門教育・研究を経験した教師に個人の尊重と民主主義に立脚した戦後教育の担い手としての大きな期待を託すものであった。しかし、その戦後教員養成制度はまもなく、養成される教師の「質」的低下を批判され、課程認定制度の導入、目的養成の拡充などの軌道修正を受けることになった。その後、今日に至るまでの教員養成改革は、誰がどのように「養成すべき教師」の「質」及び「量」に責任を負うのかという問題をめぐって展開されてきたと言える。一方で教師教育の研究者たちは、学術の中心たる大学教育と職業的準備教育としての性格を有する教員養成との緊張関係を「大学における教員養成」理念に内在する学術的な問いとして捉え、その理念自体を問い直すことで、両者を統合する制度とカリキュラムについての研究を進めてきた(たとえば、海後編1971、土屋2017、TEES研究会2001、山﨑2002:2012、山田1993)。特筆すべきは、本研究の推進組織の母体である日本教師教育学会(1991年発足)の諸会員による数多くの研究が、この研究蓄積において大きな一角を占めていることである。このことは、最近4年間の同学会年報特集テーマにもはっきり示されている(「教員養成とアカデミズム」(29号)、「開放制の教員養成を考える」(28号)、「教育学部の30年」(27号)、「『指標化』『基準化』の動向と課題」(26号))。
本研究は、このような学術的背景のもとで、「大学における教員養成」理念に内在する数々のアポリア=今日の教員養成が直面する制度及びカリキュラムに関わるアクチュアルな論点・課題を探究する。具体的には、1教員養成の「質保証」における制度と主体の問題(大学や専門学協会の主体性・自律性、国家・行政的関与の在り方など)、2教員養成カリキュラムの編成原理の問題(教養・教科専門・教職専門それぞれの内容と相互関係、及び全体構成)、3現役学生と卒業生/教員、及び教員養成を担当する大学教員(教師教育者)にとっての教員養成カリキュラムの経験と意味を解明するために理論的かつ実証的な研究を進める。
研究目的、研究方法など
これらは決して目新しい「問い」ではない。しかし、複雑化かつ多様化する教育現場の専門職としての教員の養成が求められていることを踏まえるならば、今こそ学術的に問い直されるべき課題だと言える。なぜなら、教員の養成・採用・研修の一体的改革が進められ、理論と実践の往還を目的とする教職大学院の役割が拡大していること、また、コアカリキュラムの導入を含む教職課程カリキュラム改革が実施され、教職課程認定の在り方に対する疑問が投げかけられていること、さらには、認証評価制度が検討されて教員養成の新たな質保証の在り方が重要な課題となっていること等、「大学における教員養成」の有り様に重要な転換がなされつつあるからである。「大学における教員養成」の理念そのものを改めて学術的かつ総合的にとらえ直し、従来の到達点を超えて、我が国におけるこれからの教員養成の全体像を新たに構築することが喫緊に求められているのである。加えて、2020年8月に日本学術会議が策定した「大学教育の質保証のための教育課程編成上の参照基準教育学分野」においては、教員養成の理念・内容・方法は教育学の学問内在的な論理によって支えるべきであると述べられているが、その具体化は今後の課題として残されており、今後の「大学における教員養成」を考えるために最も重要で差し迫った研究課題となっている。本研究では、上に例示したような諸問題や課題を個別的にではなく、統合的かつ巨視的な視点から調査・考察を行う。このアプローチを採用することで「大学における教員養成」再構築に向けた新たな総合的モデル(グランドデザイン)を提示できると考えられる。
本研究の目的および学術的独自性と創造性
本研究は、2015年の中央教育審議会答申以降新たな局面に入った日本の教員養成のあり方について、理論的・実証的な研究に基づいて学際的・総合的な検討を行い、日本独自の新たな教員養成制度モデルを構想して政策提言を行うための学術的基盤を得ることを目的とする。本研究は、国公私立大学等で教師教育の研究と実践に携わる1,300名以上の会員を有する学際的な学術団体である日本教師教育学会が総力を挙げて取り組む研究プロジェクトであり、学会内に設けられた課題研究「大学教育と教師教育」部会が中心となって研究を推進する体制をとっている。同学会では、すでに3年前に特別課題研究II「大学教育と教職課程」部会を設置して教員養成改革の在り方について検討を重ねてきた(「教職課程の再課程認定についての教師教育学会会員アンケート調査」2018年5月、特別課題研究II主催研究会『教師教育改革を問い直す』2019年6月など)。本研究プロジェクトは、この活動の成果を引き継いでさらに発展させようとするものである。
本研究が具体的に検討を行う対象は、教員養成に関する「制度」及び教員養成の「カリキュラム」の二つである。とくに本研究では、以下の5点について具体的に明らかにする。
第一に、日本学術会議が策定した教育学分野の「参照基準」をベースにした新たな教員養成の在り方を検討する。第二に、教員養成カリキュラムにおける教養教育、教科専門教育、教職専門教育の役割と内的関連性を再検討し、大学院における教員養成の高度化をも視野に入れた教員養成カリキュラムの在り方と構造を検討する。第三に、教職コアカリキュラム及び英語コアカリキュラムについて、その運用実態を調査すると同時に、他の専門職養成におけるコアカリキュラムの検討を通じて、教員養成におけるコアカリキュラムの策定や運用の在り方を検討する。第四に、教員養成の質を保証する制度としての課程認定制度の在り方について、その問題点と改善点について検討を行う。と同時に、現在検討が進められている「大学における教員養成」の認証評価制度の在り方についても検討する。第五に、以上の研究の総合的な検討を通して、日本の大学における多様な教員養成制度を前提として、高度化に向けた新たな制度的枠組み(グランドデザイン)を構想する。
文献
〇海後宗臣編(1971)『戦後日本の教育改革8教員養成』東京大学出版会
〇土屋基規(2017)『戦後日本教員養成の歴史的研究』風間書房
〇TEES研究会(2001)『「大学における教員養成」の歴史的研究―戦後「教育学部」史研究』学文社
〇山﨑準二(2002)『教師のライフコース研究』創風社
〇山﨑準二(2012)『教師の発達と力量形成-続・教師のライフコース研究』創風社
〇山田昇(1993)『戦後日本教育養成史研究』風間書房